さて、22000系とは四日市でお別れ、湯の山線に乗り換えます。
その昔は、大阪(上本町)から湯の山行きの直通特急がありました。
10400系の名古屋行きの乙特急が湯の山行きを併結していて、四日市で切り離し湯の山へ行っていました。
2000年以降は、時々、臨時で直通運転があることをネットで知りましたが、さびしい気がします。
湯の山線の車両は1010系
青のシンフォニーと同じ顔つき。
とても懐かしい顔つきです。
元は、1972年に920系として京都線で登場したそうです。
この電車を見たとき、子どもの頃に乗った、ラビットカーの記憶が蘇ってきました。それまでの電車と全く違う異次元の車両でした。
(正確に記憶として残っているのは1959年、小学校1年の時の物です)
その記憶をたどって述べますと、
1、6801と6802の連結部は幅が広く、扉はありませんでした。
2、ドアの部分つり革は、つり革の上部がクランクになっていて、
通常時は、スプリングでクランクが曲がり、20cmほど高い位置にありました。
混雑して、この部分にお客さんが乗り、このつり革を持つとスプリングが伸びて輪の部分が20cm下がりました。
(私の手は届きませんでした。)
近鉄グッズマート;パンフレット | 近鉄グッズマート by KRE (kre-net.co.jp)
3、車両前面の行き先表示板は、円形で下半分にラビットカーのマークが入っていました。
(現在、養老鉄道で走っている600系がつけています)
乗り心地もすばらしいものでした。
それまでの緑色の電車は発車する時、動力車がグイっと動き出し、
連結器を通して付随車が貨物の連結時のようにガックン引っ張られ、
ロングシートに座っていた人はだるまさんのようにシートに転げ、
起き上がったところでまた、動力車がグイっと引っ張って走り出しました。
ところが、ラビットカーは、スィーっと動き出し、クィーんと加速します。
その加速の力強い事!夢のようでした。
ところで、ラビットの意味は、ご存知かと思いますが、
各駅停車でもうさぎのようにピョーン、ピョーンと、
急加速、急減速をして急行に負けない時間で目的地まで着く。と言うことでした。
当時のラビットカーは、第1期が6800系、6801,6802とすぐ後に6851が出来て3両編成。
第2期が6000系、中間車2両をはさんだ4両編成でした。
車幅も6800系は6000系より狭かったと思います。(ヘッドライトの間隔も同様)
そのラビットカーと1010系の共通点は、天井の蛍光灯と空調装置です。
三角形の蛍光灯が6000系と同じでした。
6800系では、かまぼこ型でした。
空調は、ベンチレーターの外気をファンが左右に吹き分けるタイプが6000系と同じです。
この1010系ではクーラーが付いています。(後付だと思います)
このタイプを見た1960年代、扇風機がないに新鮮な風が入ってくる近代的な装置に目を見張ったものでした。
(6800系は、丸い排気ファンが付いていました)
思わぬところで、60年ほど前の思い出が蘇りました。
PS,ラビットカーの復刻塗装(6050系→600系)で思いつきました(^^♪
近鉄には、保存車両がありません。
今も人気の高い、初代ビスタカー、二代目10100系ビスタカー、20100系あおぞら号、
すべて解体されてしまいました。
かすかにネット上に「鉄路の名優」というサイトがあるだけ。
そこで、養老鉄道に保存車両を集めてはいかがでしょうか?
近々、廃車されるであろう30000系ビスタカーから「最後の二階建て電車」として
養老鉄道で保存してください。
乗りに行きますよ(^^♪